2017年7月9日日曜日

土壌作りの大切さ

5月に植えつけたきゅうりの苗は、ぐんぐん育っていたが、6月入ってから、うどん粉病にかかってしまい、今日みたら、葉っぱがとうとうほとんどなえてしまったので、苗を取り除いて、土を入れ替えることを決意した。

これが最後の収穫。



原因は、おそらく土作りにあったではなかったと見ている。昨年使った土を篩いにかけて、小粒と大粒の土を分けたのだが、今年は主に小粒の土を使ったため、水はけが悪くなったのだと思う。

やはり、土壌作りは本当に大事だということを学ばされた。この失敗から学んで、これから土壌作りをしっかりやっていきたいと思う。

今日の午後、苗を抜いて、土から根を取り除き、大粒の土を混ぜ込んだ。しばらく土を日光に当てるつもりだ。

一方で、教会のKさんの畑のキュウリはとても順調に育っていて、今日も大きなキュウリをいただいた。

それを妻が酢の物と炒め物にしてくれて、ビールと一緒にいただいた。これが本当においしかった。明日からも元気に働けそうだ。


「また、別の種は良い地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。」(ルカの福音書8章6節)

2017年5月4日木曜日

きゅうりの植え付け

今年もホームセンターできゅうりの苗を2株買って植えつけました。


成長がとても楽しみです。

そして、今年は、ブルーベリーにも手を出してしまいました。


育て方も分からずについホームセンターで買ってしまったのですが、とりあえずネットで調べて、ピートモスと鹿沼土と園芸用の土を混ぜて植え付けをしました。

後日、園芸に詳しいKさんとNさんに育て方を詳しく聞いてみようと思います。

今日は天気予報に反して、とても気持ちよく晴れました。




GWは、とにかく妻と二人で休むようにしています。

この穏やかな天気とは裏腹に、時代の様相は険しくなっていますが、このような何でもない日常を大事にし、小さな命を省みることが、ひとつの闘い方でもあるかもしれません。

「しかし、今、お勧めします。元気を出しなさい。あなたたがたのうち、いのちを失う者はひとりもありません。失われるのは船だけです」(使途27:22)

2017年3月5日日曜日

ハウスチャーチ(小さな小船)

 一昨年から、ハウスチャーチで集って礼拝しています。

 ハウスチャーチは、

 会堂がない
 牧師がいない
 組織がない

 教会です。

 えっ、そんなんでいいの?と思われる方もいるかもしれません。

 しかし、会堂も、牧師も、組織も、教会にとって必須であるとは、新約聖書のどこにも書いてありません。

 牧師がいない、というのは少し語弊があるかもしれません。「牧師」というタイトルをもつ専門の人がいないというだけで、誰かしら自然と自発的に「牧会」はしているという実感があります。イエス様ご自身が大牧者であり、その下で、自然発生的、自発的に「相互牧会」しているような形です。

 もちろん、会堂、牧師(職)、組織のある教会を否定しているわけでもありません。そのへんは仲良くやっていきたいな、と思います。

 ただ、私たちの集まりでは自然にこのように導かれました。少なくとも僕には、この形態の方が合っているみたいです。

 「形態」、というのも適切なことばではないかもしれません。形があるような、ないような。「有機体」といった方がいいかもしれませんね。

 今日は近くの地区センターの和室で礼拝をしてから、ウチにみなさんが来て、食事をしました。みなさんといっても、僕達夫婦を入れて全員で5人です。でも、少人数って意外といいものです。

 この小さな小船にイエス様が一緒に乗ってくださる。楽しいものです。
 

 「このキリストにあって、あなたがたもともに建てられ、御霊によって神の御住まいとなるのです。」(エペソ2:22)

2016年8月6日土曜日

初めと終わり

きゅうりの葉っぱが黄色くなってきました。もう寿命であると教会のKさんとNさんがおっしゃっていました。
 
 
これがおそらく最後の実となりそうです。
 
 
植えつけてから、3ヶ月足らずでしたが、小さな苗を植えつけて、それがぐんぐん育ち、つるがどんどん上に登ってっていき、そしてたくさんの実がなり、そして、少しづつ衰えていく姿は、おおげさなことをいうようですが、人の一生を見ているようでした。
 
この生命のサイクルを経験していくことにこそ、農業の1つの楽しみがあるのではないかと思わされます。
 
また、物事には初めと終わりがあることを改めて教えられたような気がします。
 
もうじきプランターから引っこ抜かなければなりません。かびなどが生えているかもしれないので、土をシートの上に出して、しばらく日光に当てる必要があるようです。
 
次は、何を植えようか、考えているところです。
 
「イエスは言われた。「いつとか、どんなときとかいうことは、あなたがたは知らなくてもよいのです。それは、父がご自身の権威をもってお定めになっています。
しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれると、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」(使徒の働き1章8節)

2016年6月25日土曜日

こんなに大きくなりました

植え付けから一ヶ月半。きゅうりの苗がこんなに大きくなりました。

 
このように、見事に実がなっています。

 
先週、Nさんが友達を連れてくれました。隣できゅうりを支えています。

毎朝、きゅうりの生長を見るととても励まされます。

植えつけたときは、こんなに小さい苗でした。


実を結ぶ喜びを教えられているような気がします。
 

2016年5月29日日曜日

きゅうりの生長

植え付けから2週間。きゅうりの苗がだいぶ生長しました。
 

 


昨日、下から6節目までの葉っぱの脇芽を摘み取りました。


早くも、右側の苗に5センチほどの実がついています。

毎朝出勤前に水をあげているのですが、その生長ぶりにとても励まされます。

2016年5月22日日曜日

植え付けから約一週間

きゅうりを植えつけてから、約一週間たちました。

支柱を立てて、ネットも貼りました。早くもつるが巻きついています。

 
 
 
一週間後あたりに、株の生長を早めるため、わきに出た若芽をかき取る予定です。

 
 

2016年5月21日土曜日

ベランダ農業

先週から、ベランダできゅうりの栽培を始めました。

ホームセンターできゅうりの苗を買い、コンテナに2株植えました。




 成長がとても楽しみです。

この世で打ち叩かれても

この世で打ち叩かれても

それによってキリストに近づくことができれば

それは良いことである

この世でほめられても

それによってキリストから遠ざかって

高慢になるならば

それはとても悪いことである

KY BROTHERS Opening Act, May 23rd, 2015


昨年から、M兄弟と「KY BROTHERS」というカントリーゴスペルユニットを始めました。これは、あるお店で、前座として出させていただいたときの映像です。

2016年1月15日金曜日

主の喜び

 
年が明けてから、ネヘミヤ書を読んでいました。

ユダの民がバビロンに捕囚された後、ダニエルが預言した70年の歳月が経ち、民は帰還して、神殿を建て、その後52日間という驚異的な速さで城壁も再建しました。

そして、会衆一同が広場に集まって律法を読み上げるときがありました。

律法のことばを聞いたとき、民は泣き出しました。きっと、自分達のあり様と神の律法との違いに愕然として悲しくなったのだと思います。

でも、そんな彼らに、ネヘミヤがこう語り掛けました。

「あなたがたは去って、肥えたものを食べ、甘いものを飲みなさい。その備えのないものには分けてやりなさい。この日はわれわれの主の聖なる日です。憂えてはならない。主を喜ぶことはあなたがたの力です。」(8章10節)

何とやさしいことばでしょうか。この日は、長い捕囚の後、民が回復された日であるということができると思います。

「主を喜ぶことはあなたがたの力です」という一節は、英語の聖書(NASB)を見ると「the Joy of the Lord is your strength.」となっています。これを直訳すると、「主の喜びは、あなたの力です。」となります。

年明けにピリピ人への手紙も読んでいたのですが、この手紙の大きなテーマの中のひとつも喜ぶことです。パウロがこの手紙を書いたとき、獄中にあり、普通の考えれば、決して喜ぶことができるような状況ではありませんでした。

しかし、彼はあえてこのように言っているのです。

「最後に、わたしの兄弟たちよ。主にあって喜びなさい。」(3章1節)

それは、この世で喜ばしいと思われること、楽しいと思われることとは、何か本質が違うもののようです。

そこには、何だかとてもない力があるような気がします。

ブログを統合しました

過去に「LIVING WITH JOY」、「試練にあるときに」、「43才、人生を考える」というブログを作成していたのですが、このたび、すべてこのブログに統合して一本化しました。

2007年に結婚して以来の自分の歩みの記録となります。