2007年12月26日水曜日

バラとイヤリング



先週買ったバラがとても元気に咲いている。うちの食卓に「華」をあたえている。


昨日は、早目に会社を出て、クリスマスプレゼントを買いに行った。ジュエリーショップに行ったらこのイヤリングが目にとまった。ちょっとだけ派手だけれど、色合いが質素なところが良いと思った。
 
JOYが喜んでくれた。

2007年12月22日土曜日

昨日買ったバラ


昨日帰りがけに、横浜駅にある花屋さんでバラを2輪買った。
 
JOYが喜んでくれた。

悩み

このブログのタイトルはLiving with Joyである。つまり、喜びをもって生活するというタイトルだ。僕の妻JOYと一緒に生活をするということもかけている。
 
だから、日常生活のいろいろな喜びを紹介するのが目的だ。
 
しかし、現実には僕には実に悩みが多い。その悩みは、仕事上の人間関係、それから仕事量の多さだ。
 
業務の大変さに対応し切れず、また社内でのコミュニケーションも何だかうまくいかない。自分が何かおかしいのだろうか、社会がおかしいのだろうか。
 
最近ずっととりかかっていた仕事が一段落したのだが、かなり残業をして対応したにも関わらず、途中で人間関係がギクシャクし、ミスもでてしまった。
 
昨日、帰りの電車の中で空しさが心を覆った。
 
何のために頑張ったのか。
 
しかし、少なくとも家族を養うことはできている。
 
社会ではいろいろな困難があるけれど、妻との生活はとても楽しい。
 
僕は、ときどき自分は人として何か致命的な欠陥があるのではないかと悩むときがあるが、JOYはそんなことないよといつも言ってくれる。
 
とても良い妻だ。
 
このブログではもっとかっこよいことを書きたかった。
 
でもこれがありのままの真実だ。

2007年12月20日木曜日

JOYも残業

昨日は忘年会。今日も、前から片付けたいと思っていた仕事を片付け、つい遅くなってしまった。

JOYも今日は残業!今翻訳の仕事をやっているのだが、遅くまでかかってしまったみたいだ。

僕らももうすぐ寝る時間。明日もがんばろう!

2007年12月16日日曜日

今日もホッとする休日


今日もレイト・レイト・ブレクファースト(もうお昼ご飯の時間を過ぎていた)で至福のホットケーキがでてきた。僕がギターを弾いている間にJOYがつくってくれた。ソーセージと一緒に食べて、とてもおいしかった。
 
夕方5時ごろ、JOYは陶芸教室の忘年会に参加するためにお出かけ。僕は家でずっとテレビを見て、8時40分ごろにJOYのお迎えするために、陶芸教室に向かった。
 
陶芸教室に着くと、先生と生徒さん達がとても楽しそうに話をしていた。結局僕も加わって、結構いろいろな話をしてしまった。お酒も日本酒を飲んでしまった。これが意外とおいしかった。
 
11時半ごろにおいとまし、いふり湯に向かった。いふり湯は夜中の1時まで営業しているのだ。男湯は貸切状態だった。
 
とても平和でホッと一息をつける一日だった。

2007年12月11日火曜日

HAPPY BIRTHDAY

風の便りで、このブログの愛読者、もぷぷさんが今日誕生日であることを聞いた。

おめでとう!

今年が良い一年となるようにJOYちゃんとお祈りしています。

2007年12月9日日曜日

日々の葛藤と癒し

日々の葛藤を人は一体どこへもっていけばよいのだろうか。

それはやはり家庭ではないだろうか。

子供のときは父と母。そして結婚したら、伴侶に。

しかし、家庭が修羅場となったとき、人は一体どこの自分の葛藤や悩みをもっていけばよいのだろうか。

しばらく前に、JOYが古本屋で「アダルト・チルドレン」という本を買ってきてくれたのだが、この本の中で、社会をさまよい、遊郭で働くようになるあるアダルト・チルドレンの女性のエピソードがあった。彼女のお客さんには、なぜか社会的に地位の高い男性が多かった。以下はこの本からの引用である:

 お客は心の部分を私に求めてきていたと思う。私はそういうところでお客さんをつくっていったのかもしれない。『君しか言えない』『だれにも言えない』と男が愚痴をこぼしていく。相手はみんな社会の上層部にいるから、私は何か社会の”影武者”みたいになった気分だった」

 テレビに顔を出す有名な評論家や政治家は、「この場所で君といるときが一番ホッとする。何もしなくていいから、もう一時間いさせてくれ」と、三万円を余計に払っていく。企業の重役や高級官僚が愚痴をこぼす。「家もいるところがなくて寂しいよ」「出生してここまできたのに家族は自分に無関心で」

 幸い、この女性はその後、この仕事からも抜け出し、結婚をするのだが、僕はこの本を読んでいて、上に引用した箇所がとても印象に残った。実際に多くの男達がただ、肉体的な関係だけではなく、心がホッとする場所を求めて、遊郭にいくというのが、今の日本の現実なのかもしれない。しかも、社会的に地位のある男性達が。

 しかし、本来男達が重荷をおろすべき場所は家庭なのだ。家庭でこそ癒され、戦場に戻る準備を整えられるはずなのだ。

 もうひとつ、印象の残るドラマを先日見た。女子囚人を扱ったドラマだった。泉ピン子が演じる主人公は、父親の介護と家族の面倒を見る中で疲れ果て、ついパート先で知り合った男性と浮気をしてしまう。夫は会社が倒産し、その後タクシーの運転手になって家庭を支えるのだが、妻の心にまで配慮する余裕がなくなる。そこで、妻はつい、自分を女性としてみてくれた男性に心を動かされてしまうが、この浮気は夫に知られてしまう。夫は、激しく妻を責めるのだが、そのとき妻が夫に言ったせりふがとても印象的だった。

自分も女もであり、女として見てもらうことことが大事だった。そして夫に女として扱ってほしかったと。

僕自身、このドラマを見て、夫婦の関係の中で、妻を女としてみて、女として扱い、女としての幸せを与えることがどれだけ大切かを学んだような気がした。

実際、このドラマに登場する多くの女子囚人は、夫との何らかのトラブルが犯罪の引き金となっていった。

女性が男性に求める愛情も、そう、本来は家庭の中で受けられるものなのだ。

幸い、このドラマでは、夫がガンを宣告され、その後、妻にもう一度やり直そうという手紙を書くところで終わっている。

男性が男性として必要なもの。そして、女性が女性として必要なもの。本来神様は、家庭の中でその必要が満たされるように、家族を創られた。ところが、現代社会では、男も女も家庭では必要が満たされずに、他の場所でその必要を満たそうとして探した結果、いろいろな悲劇が起こってしまう。

それでは、なぜ家庭が壊れるのか。なぜ家庭は癒しの場ではなく、修羅場となってしまうのか。

それは、家庭をそもそも創ってくださった神様から人が離れたからではないだろうか。家庭において、神の権威を認めず、夫と妻がそれぞれ自分勝手に振舞ってきた結果、家庭が破壊されてきたのではないだろうか。

そして、多くの現代人が家庭という癒しと回復の場を喪失し、漂流を続け、多くの悲劇が起きているのではないだろうか。

この現状を見て、最も心を痛めているのは、他でもない、天の父であろう。

そして、天の父は、ご自身に立ち返る道を備えるために、ご自身の御子であられるイエス・キリストをこの世に遣わされた。

イエス様は、この地上を歩まれたとき、この世で癒しの場を喪失し漂流する罪人達を深く哀れまれ、、ご自分の下に来て、「重荷をおろすように」と招かれた。

願わくば、この時期、慈しみ深きイエスを通して、多くの癒しの場が再生されますように。

2007年12月6日木曜日

納品

最近はずっと、仕事でビデオカメラのマニュアルの外国語版を制作にかかりっきりだったが、今日やっと最後のモデルの英語、ロシア語、フランス語、トルコ語版を完成させた。このモデルは、納期がきつく、作業がとてもしんどくて毎日残業続きだった。
 
明日の朝、納品だ。
  
来週からは夜はちゃんと帰って、JOYと一緒に食事をしたい。
 
この前、早く帰れるように教会でお祈りしてもらった。
 
ところで、最近このブログも1日10人くらいアクセスする日がある。
  
もしかして、全員もぷぷさん?1日10回もアクセスしているの?

2007年12月5日水曜日

古き友人からの贈り物


先週突然、大学時代の友人Yからメールがあり、りんごを送るから住所を教えてくれとのこと。
 
そうして、日曜日にりんごが送られてきた。JOYは大JOYだった。
 
この真っ赤なりんごの色を見ていると、何だか愛を感じるな。
 
Y、ありがとう!

2007年12月2日日曜日

夕飯は「まきな丼」と大根の味噌汁


今日(といっても今午前1時近くなので、本当は昨日)の夕飯は「まきな丼」と大根の味噌汁。
 
近所の公園と住宅地をぶらぶら散歩してから帰りに寄ったスーパーでまぐろのさしみが半額になっていたので買ってきた。家に帰ってきて、テレビを見ていたら、まぐろとキムチと納豆を混ぜ合わせた丼物が紹介されていたので、うちでもやってみることにした。ちょうど冷蔵庫の中にはキムチと納豆が入っていた。JOYがうまく混ぜ合わせてくれ、かくして「まきな丼」は出来上がった。
 
これがまたおいしかった!ちなみに大根の味噌汁は僕がつくった。
 
食事の後、しばらくごろごろしてからまた夫婦で銭湯「いふり湯」へ。
 
心も身体もとても休まる良い一日だった。
 
奥さん、ありがとう!
 
天のお父様、ありがとう!

2007年12月1日土曜日

まったき信頼



もしわたしたちが真に神につながっているならば、わたしたちは神に、「わたしを自由にお使いください」と差し出し、神を信頼せねばなりません。明日のことに心を奪われてはなりません。その必要がないからです。神がそこにおられるのです。

わたしたちの修道会では、食べ物がないからとかベットが足りないからと言って、だれかを拒絶したことは一日たりともありません。それでも数千人の人びとと向き合っています。わたしたちのところには五万三千人のハンセン病患者がいますが、だれ一人として追い出された人はいません。わたしたちは月給も収入もありません。何もないのです。自由にいただき、自由に差し出すのです。これは実にすばらしい神の贈り物です。

神の摂理への信頼は、神がわたしたちを必ず助けてくださるという、強い生き生きとした信仰です。神がわたしたちを助けることがおできになるというのは確かです。神は全能だからです。そして、実際に助けてくださるということも確かです。聖書のたくさんのことばの中で、神はそう約束なさっているからです。神は限りなく約束に忠実なお方です。

キリストは、この信頼をもつようにと、わたしたちを励ましておられます。「なんでも祈り求めることは、すでにかなえられたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる」。使途聖パウロも、すべてを与えてくださる主に私達の心配をゆだねるようにと命じています。神はその御子をあらゆる希望とともにお造りにくださったのですから。わたしたちを心にかけてくださらないはずがありません。聖アウグスチヌスはこう言います。「神は、あなたのために悪を引き受けてくださいます。そのような神があなたのために良きものを与えてくださることを疑えるはずがないのです。」

このようにして、鳥や花でさえも守られるか神の愛の摂理に、わたしたちは信頼するようにと招かれているのです。そうです、鳴き叫ぶからすの子を養ってくださる神、蒔くことも刈ることもせず、倉に取り入れることもしない鳥を養ってくださる神、野の花をあのように美しく装ってくださる神、そのような神が、自らに似せて造られ、自らの子どもにしてくださった人間を、もっと心にかけてくださらないはずがありません。わたしたちは、その愛の中にあって、神の似た者、神の子どもとして生活し、その戒めを守り、そして神を信頼するようにと招かれているのです。

わたしは、労働を事務的なものにしたくありません。いつまでもそれは愛の労働でありたいのです。神がわたしたちを苦悩に陥れることはけっしてないという、まったき信頼のうちに生きるのです。キリストのことばを信じなさい。何よりもまず、神の国を求めるのです。そうすれば、その他のものはすべて添えて与えられるのです。

主よ あなたの十字架とご復活のうちに見いださせてください
 
耐え忍んでゆく道を
 
日常の苦悩と葛藤の中にあって、日々死んでいく道を
 
その死によって
 
より豊かに創造的に生きることができるように

主よ、あなたは忍耐強く そして謙虚に受け入れられました

十字架とそのご受難のすべての苦しみを
 
そして それと同時に 人生の拒絶を

どうか わたしたちを助け

日々の痛みと葛藤を受け入れさせてください
 
成長のための機会として
 
あなたに似た者になるための機会として

あなたがわたしたちを必ず支えてくださるという信頼のうちに

忍耐と勇気をもって それらを受け取ることができますように

マザーテレサのことば
サンパウロ刊行「祈りー信頼の源へ」より

至福のホットケーキ




これはホットケーキというのだろうか。それともパンケーキというのだろうか。Wikipediaで見たら、どちらも間違いではないとのこと。アメリカでは他にgriddlecakesかflapjacksと呼ぶそうだ。

それはともかく、今日はレイト・ブレクファーストで、JOYがまたホットケーキをつくってくれた。一週間納期に追われながら過ごしてきたサラリーマンにとって、この休日に妻と一緒に食べるレイト・ブレクファーストが至福のとき。

ホットケーキと熱いコーヒーとソーセージ。ステレオから流れるクリスマス音楽。今日はJOYがエイミー・グラントのクリスマスCDをかけた。

そして妻の笑顔。

一週間の労苦が報われ、ホットする瞬間。

2007年11月30日金曜日

ばらの家族


2週間ほど前にJOYに買ったバラがまだ元気に咲いている。でも一輪はドライフラワーみたいになった。まるでばらの家族みたいだ。

2007年11月28日水曜日

自分の内に住まわれる主に信頼する


自分をも人をも信頼できなくなったとき、一体どうすれば良いのでしょうか

自分の内に住まわれる主に信頼してください

あなたの魂が絶望の淵に落ち込むとき

自分を責めないでください

なぜなら、主もそこを通られたからです

あなたの内に住まわれる

主と共ににカルバリに赴き

あなたの内に住まわれる

主とともに十字架にかかり

主とともに死んでください

そうすれば

静けさの後

復活の主があなたの内で

甦られるのです

by an unknown poet

2007年11月24日土曜日

着実な歩み

自分の欠点に失望しないようにしてください。隣人に対して忍耐するように、自分にも忍耐をしてください。考えすぎると、疲れてしまい、多くの間違いを犯すようになります。日常生活のすべての状況の中で祈ることを学んでください。祈りの内にあるかのように、語り、行動し、歩んでください。私達の歩みはこうあるべきなのです。

過剰に感情を高ぶらせることなく、すべてのことを行ってください。自分が一生懸命になりすぎていると感じたら、すぐに神様の御前で静まってください。神様があなたの内側に何かを促されるとき、耳を傾け、神様が導かれるままに行動してください。このようにするならば、あなたの口数は少なくなりますが、あなたのことばはより効果的になります。あなたは落ち着きを保ち、より多くの善きことを成し遂げられます。

私は、理屈で物事を考えることを言っているのではありません。ただ単純に、主が自分に何を望んでおられるか、主に尋ねてみてください。このように単純に、簡潔に主に問いかけることは、頭の中で延々と誤論することに勝ります。

神様に心を向ければ、自分の生来の強い感情からより簡単に離れられるようになります。自分の中に住まわれる主に信頼してください。あなたの生活はやがて祈りとなります。苦しみもあるかもしれませんが、その中で平安を保つことができます。

From “STEADINESS” in “The Seeking Heart" published by SeedSowers, written by Fenelon

2007年11月23日金曜日

晩秋の山行



昨日は前に勤めていた会社のTさんの誘いで、僕ら夫婦は奥多摩の御嶽山に行ってきた。

久々の山登りは、といってもケーブルカーで山頂近くまで行き、階段を300段ほど登って山頂に出るのだけれど、とても気持ちよかった。御嶽山は標高900m台で、決して高い山ではないが、起伏があり、周りの景色も変化に富んでいて、なかなかの名山だった。

やはり、都会をひととき離れて、自然の中に身をおくことはとても必要なことだ。また今回参加したメンバーとの交流もとても楽しく、魂が癒される一日だった。

2007年11月20日火曜日

もぷぷさん

最近もぷぷさんという謎の人物がこのブログにコメントを書いてくれている。

とりあへず、コメントを書いてくれるのはとても嬉しい。

一体どういう人なのだろうか。

コメントを見る限り、とても熱い信仰に持ち主だ。

2007年11月13日火曜日

ささやかなプレゼント



今日は7時半に会社を出ることができた。

ちょうどJOYも東京に用事があったので、中目黒で待ち合わせ、一緒に帰ることができた。

横浜に着いて、東横線からJRに乗り換えようとしたところで、急に花を買いたいという思いが沸き起こってきた。そして、AOYAMA FLOWER GARDENという花屋に行き3本のバラを買ってJOYに渡した。

そのバラがこの写真のバラである。

2007年11月12日月曜日

夫婦喧嘩は水を刀で切るようなもの

久々の夫婦喧嘩勃発!

勝敗は如何に....

昨日教会の集まりで、うちが夫婦喧嘩中であることを察した韓国人のSさんが韓国のことわざを教えてくれた。

夫婦喧嘩は水を刀で切るものようなもの

Sさんが言うには、刀でスパッと水を切っても、切った痕跡は残らないとのこと。そのように、夫婦は喧嘩をしても、結局またひとつになってしまい、「切った」痕跡は残らないようだ。

このことばに励まされ、第2ラウンドに臨んだが、結果は散々だった....奥さんは強かった!

しかし、僕たちも今朝和解し、そしてJOYがまたやさしいJOYに戻ってパンケーキをつくってくれた。北海道で買ってきてくれた骨付きソーセージも一緒に食べて、とてもおいしかった!

今日はなぜか仕事もとても集中できて、早く帰ってきて、一緒にまた「いふり湯」に行くことができた。

2007年11月10日土曜日

ああ主よ

主よ

わたしの魂は

台風の日の海の波のように

激しく揺れ動きます

ああ主よ

人々の中で

私の魂は

疲れきり

渇ききっています

ああ主よ

私の中には

ゆるせない思いと

怒りと

苦々しさが

根を張り

自分ではどうにもすることができません

ああ主よ

でも

あなたを賛美するとき

私の霊は引き上げられ

あなたの御名を呼び求めるとき

私は救われます

ああ主よ

自分を見たとき

そこには何も希望はありません

でも

あなたを見上げるとき

そこには

永遠があり

復活の希望の光が

やさしく差し込んできます

そしてもう一度地上に目を向けたとき

もう一度気づくのです

何と多くの祝福が

私を取り巻いていたことでしょうか

ああ主よ

自分に対する失望は変わらないかもしれません

しかし

あなたに対する賛美と

私の中に住まわれる神の御子に対する信頼は

永遠に変わることはありません

written by an unknown poet

2007年11月5日月曜日

超不人気ブログとちょっと人気ブログ

この前ブログにカウンターをつけてみました。

そして判明したことは...

ほとんど誰もこのブログを訪れていないことだった!カウンターは今3となっているけれど、それは全部自分のアクセスだった!

まあ、あまり更新していないもんな。

JOYのブログは毎日5人くらい訪れているみたいだ。

一体どんな人が読んでいるのだろうか。

確かに、JOYのブログはおもしろいもんな。僕も愛読者の一人です。

しかし、この超不人気ブログも誰か読んでくれ!

十字架の道を一体誰がいくことができましょうか

十字架の道を一体誰がいくことができましょうか

私には到底いくことのできる道ではありません

その十字架の重さを想像しただけで私は失神しそうです

しかし私には今この十字架に道以外に

道はないのです

十字架の道を一体誰がいくことができましょうか

それは主よ

ただあなただけです

そして

私の中に住まわれるあなたが

あの重たい十字架を担ぎ上げ

ゴルゴダの丘へと

一歩づつ

歩みだします

私には残されているのは

この十字架に道しかないのです

ただ

私の中に住まわれるあなただけが

この道を行くことができるのです

そして

重たい十字架を担ぎ上げ

一歩踏み出したとき

死線の向こう側から

澄み切った空の朝焼けのように

漏れてくる復活の栄光の光が

私に力を与えるのです

written by an unkown poet

2007年10月27日土曜日

「いふり湯」


このブログを更新するたびに、仕事が忙しいということを書いているので、また書くのも嫌なのだが、実際のところ忙しい状態が続いている。
 
このブログを果たして読んでいる人がどれだけいるのかわからない(少なくとも一人は愛読者はいるけれども)のだが、更新されるたびに仕事が忙しいと書いてあるのを見て、ため息が出るかもしれない。
 
なぜ、この国の人々はこれほど忙しいのだろうか....
 
しかし、この国の労苦多き人々にも、昔ながらの癒しの場が地域にある。
 
それが「銭湯」だ。
 
結婚してから、ひとつの楽しみは、妻と一緒に銭湯に行くことである。
 
駅から歩いて5、6分のところに「いふり湯」はある。いや、本当は「いなり湯」と読むのだが、僕とJOYはひらがなの古い表記が読めずに、少し変わった名前だなと心のどこかで思いながら、ずっとこの銭湯を「いふり湯」と呼んでいた。
 
実は、「いふり湯」とてもすごい銭湯なのだ。
 
今どきのスーパー銭湯のようにあらゆる種類の最新型のお風呂やサウナがあるわけではないが、何と銭湯であるのに温泉が湧いているのだ。その黒湯という温泉は、高温に沸かしてあって、入るたびに体の心まで暖まり、一気に血の巡りがよくなるのを感じる。
 
僕は大抵、バブルジェットバスに2回くらい入り、そして黒湯に3回くらい入る。そうすると、体中の疲れが一気にほぐれて抜けていくのを感じるのだ。
他にも、「いふり湯」のファンは地域に多いらしく、多くの疲れた人々、重荷を背負ったような人々がゆっくりと湯につかりににくる。
 
特に刺青の入った人を断る看板もないので、刺青の入った人も気兼ねなく来れる。最近はどこのスーパー銭湯行っても、お断りの看板があるので、こうした誰でも受け入れる銭湯はきっとありがたいことだろう。
 
脱衣する場所には、マッサージチェアがおいてあるのだが、僕はずっとそれは100円するだろうと思って使っていなかった。しかし、この前、実は10円であることに気づいた。それから、いつもお風呂を出た後、マッサージチェアに座り、腰や肩をもんでもらっている。これがまたとても気持ちいい。
 
そして新聞とか雑誌を読んでいると、番台のおじさんかおばさんが「おかえりですよ」と呼びかけてくれる。そう、JOYが出るときは、番台のおじさんかおばさんが知らせてくれるのだ。
 
いつも銭湯に入るときも、僕が番台のおじさんかおばさんに二人分の料金を払う。だから夫婦で来ていることはわかってもらっているのだ。
 
JOYはいつもお風呂から出ると、とてもすっきりした顔をしている。もう顔なじみのおばあちゃんとかがいて、少しおしゃべりするみたいだ。女性はすぐに打ち解けるからすごいな、と思う。男風呂では、みんな黙々と体を洗い、湯船につかる。
 
今週は疲れがかなりたまってきた木曜日に仕事を少し早めに切り上げ、駅でJOYと待ち合わせて、「いふり湯」に行った。そして、疲れが芯から抜ける思いがした。特に黒湯の威力はすごい。夜はよく寝て、次の日すっきりして仕事に行くことができた。
 
僕たち夫婦のささやかな癒しの場、それが「いふり湯」だ。そして、きっと妻と一緒にいくからまた楽しいのだろう。

2007年10月13日土曜日

試練の中の慰め

あなたが今通っている試練に私は深く共感しています。主の御前にあなたを心尽くして委ねます。あなたがイエス・キリストの苦しみに与るとき、彼の忍耐と従順も経験することを祈ります。

あなたが単純に、誠実に主を求めるとき、主はいつもあなたの近くにおられます。主は困難なときにあなたを支え、慰めてくださいます。落ち着いて信頼してください。

イエスは、盲人の目に粘土を塗ったとき、こう言いました。「行って、シロアムの池で目を洗いなさい。」シロアムの池は、平穏で静かな水面です。キリストが与える揺るぎない平安をあなたに経験してほしいです。あなたが小さな子供のように単純になることを祈ります。イエス・キリストに最も近づく者は子供です。イエスは子供を腕の中で抱き、膝の上にのせます。子供のようになることは、何と美しく、素晴らしいことでしょうか。今経験している苦しみを通して、あなたが子供のようになり、父の御心に従順になりますように。

From "Comfort in Trails" in "Jeanne Guton Speaks Again", The SeedSowers

2007年10月8日月曜日

ぶらっと浜辺 Ⅱ

この2週間ほど、仕事がとても忙しかった。

僕は、
実は仕事でビデオカメラのマニュアルの外国語版制作に携っているのだが、最近予定がころころ変わってしまい、短期間で外国語版マニュアルを制作せざる得ない状況となった。それに加えて、社内で人事の異動などがあり、やや混乱した状況の中で仕事をしていた。先々週は10時ごろまで仕事する日が続き、先週は月曜と火曜は何とか7時半ごろまでに会社を出れたが、水曜日からはまた遅くなってしまった。金曜日は11時半過ぎまで仕事をし、会社の戸締りをした。

JOYによると、僕は水曜日ごろから笑顔がなくなったらしい。家に帰っても、良い夫を演じて楽しい話をすることができず、仕事の愚痴ばかりを零してしまった。JOYも一生懸命に聞いてくれて、いろいろとアドバイスをしようとしてくれたのだが、僕はそのアドバイスが逆に負担となってしまい、JOYは本当に自分の状況を理解してくれていないと思い、心がふさぎこんでしまった。これもずいぶんと甘えた態度なのだが...

土曜日、午前中は寝込んでしまった。しかし、JOYと思いを伝え合うことができた。僕は、JOYのアドバイスが逆に負担になってしまったこと、そしてJOYは僕のことが心配で何とか解決を探していたことを、お互いに率直に伝えることができた。そして、やっと再び心を通い合わせることができた。

午後1時ごろ起きたのだろうか、JOYがパンケーキをつくってくれて、そしてソーセージも焼いてくれた。目覚めのコーヒーと一緒にとても充実した遅めの朝食だった。次第に魂が回復していくのを感じた

そして、何だかボーッとしているうちに4時ごろになってしまった。午前中まだ布団の中にいたとき、海に行きたいという思いが沸き起こってきたのだが、その思いが再燃してきた。そして僕らは4時半ごろ家を出て、海へと向かった。

海に着いたころにはもう暗くなってしまっているのではないかという焦りも心にいただきながら、僕らは京浜東北線と横須賀線を乗り継ぎ、葉山の海岸へと向かった。ようやく逗子駅に到着し、バスに乗った。しかし、バスに乗ってから、海岸沿いを走る路線ではなく、内陸(というと大げさだろうか)を通り、葉山の御用邸前に出る路線であることに気づいた。パスの中はなぜかとても込んでいた、道も込んでいたので、少し焦りがあったが、どうせこの路線で行くなら、長者ヶ崎まで行こうと決め、JOYも同意してくれた。

バスが御用邸の前を左折し、しばらく走ってから、右手に視界が開け、海が見えた。ちょうど日が落ちたばかりだったが、太陽の残光が海と空の境界線を真っ赤に染め、真ん中に富士山の美しいシルエットが浮かび上がっていた。この景色が見えたとき、バスの中で、わあきれい、という歓声があがった。混雑を抜け出して、ようやく見えた景色だっただけに、感動も大きかった。

僕らは長者ヶ崎前で降りて、そして海岸に向かった。

実は、ここは僕らにとって思い出のある場所でもあった。まだ付き合い始める前、いつも僕らを見守ってくれるA夫妻とEさんと一緒に訪れたことがあった。当時お互いを意識していた僕らは、3人をおいて、二人で一足先に海辺に向かった。そのとき、僕は砂浜にある滑らかな石を拾い、海に向かって投げて、石が水面を跳ねるのををJOYに見せようとした。

日が落ちた後の静かな浜辺で僕らは散歩し、そして暗くなってからも波の音を聞いたり、星を見たりして過ごした。葉山海岸には、所々松の木と芝生が生えたようなところもあり、そこでもしばらく横になって星を見上げた。

帰りは、小さなイタリアンレストラン、FATTYSに寄って食事をした。とてもムードの良いお店で、JOYがお気に入りのレストランだ。

また思い出に残る一日ができた。


神様と妻の愛、そして自然のやさしさの中で魂が癒される一日だった。

JOY、ありがとう。楽しかったね!


そして、空と海と風と星をつくられた天のお父様、ありがとうございました!



 主は私を緑の牧場に伏させ、
 いこいの水のほとりに伴われます。

 主は私のたましいを生き返らせ、
 御名のために、私を義の道に導かれます。
 (詩篇23篇3,4節)

2007年10月1日月曜日

幸せな時間

今日は7時前には会社を出ることができた。8時過ぎに帰宅。

JOYはマーボー豆腐をつくってくれた。

土曜日と日曜日はとても幸せな時間を過ごした。特に何をしたというわけではない。土曜の夜は映画を観に行ったが、その他はJOYと家にいて一緒にドキュメンタリーを見たり、メッセージを聴いたりしていた。そして、とにかくゆっくりと休んだ。

ただ一緒にいるだけでとても幸せだった。

こういう幸福な時間は人間にとって、とても大事なのではないだろうか。今日駅から自宅に向かう途中で石段の階段を登りながらそう思った。

僕の両親は離婚してしまったが、結婚して僕が生まれて最初の10年間は自分の人生の中で一番幸せだったと父はよく言っている。僕も両親がとてもハッピーだった時期に幼少期を過ごしているので、その幸せの記憶が確かにある。

そう、幸せの記憶。これは人にとってとても大事なのことなのではないか。土曜日と日曜日にこの幸せの記憶をまたつくることができてとてもよかった。

話は変わるが、旧約聖書のイザヤ書には次のような一節がある。

まことに主はシオンを慰め、
そのすべての廃虚を慰めて、
その荒野をエデンの園のようにし、
その砂漠を主の園のようにする。
そこには楽しみと喜び、感謝と歌声がある。
(51章3節)

これは、イスラエルの民がバビロニアに捕囚として連れていかれ、祖国が荒れ廃れたときに預言者イザヤが発した希望のことばだ。 イスラエルの民の中には、バビロニアに連れていかれても、決してシオンを忘れない者達がいた。


ちなみに、僕は自分の結婚において、このみことばに希望をおいた。そしてその通りとなった。

さて、エデンとは、もともとpleasure、つまり楽しみという意味らしい。神様がはじめに創造された場所は楽しみと喜びにある場所だった。神様と男と女は家族となり、神様の創造を思い存分楽しんだ。

人には、心のどこかにこのエデンの園の記憶があるのではないか。

自分自身にこの「幸せな時間」が回復し、そう思う。この実感は何か忘れかけた懐かしいものでもあるのだ。

どうか一人でも多くの人の心に幸せの記憶が、エデンの園の記憶が、神の御国が回復されることを祈るばかりだ。柔和な神の御子を通して。

2007年9月30日日曜日

Living with Joy

最近はJOYと家族について学んでいる。

おもしろいことだが、結婚して9ヶ月経ち、JOYは僕と家族であることにやっと気づいたらしい。夫婦ではあっても、家族であるとは思っていなかったそうだ。ちょうど、家族に関するメッセージを一緒に聞いて、気づいたそうだ。

僕の父や母や弟が家族なのであり、僕とJOYとでひとつの家族であるとは考えていなかったのことだ。

でも、今や僕とJOYでひとつの最小単位家族であるのだ。いや、もっと正確に言うと、天の父であられる神様がともにおられ、ひとつの家族ができたのだ。

僕は何となく家族であることは疑ってもいなかったので、今まで「僕らって家族だよね?」というような問いかけは一度もしてこなかった。

JOYは、僕たちが家族であることに気づいてから、とてもうれしかったらしく、今週は僕は仕事で遅くなっても、そんなに淋しくなかったらしい。家族ががんばっているのだから、自分もがんばらなくてはと思ったいたらしい。

昨日はLIFEという映画を一緒に観に行った。若くして病気で亡くなる元プロウィンドサーファーとその家族を実話に基づいて描いた映画だ。家に帰ってきてから、実際のその人物、飯島夏樹さんとその家族のドキュメンタリーをネットで観た。

絆がとても強い家族だった。飯島さんが死を目前にしながら、本人、奥さん、そして子供達の明るさにはとても驚いた。

映画でも、自分の状況を受け入れるまでの本人の凄まじいまでの葛藤を描いていたが、ドキュメンタリーでは、立ち直った後の飯島さんがある意味とても「健康そう」というか、生気がみなぎっているように見えた。

末期癌に犯された人を「健康そう」だというのも変だが、ドキュメンタリーで見る飯島さんは、「死」が間近に待ち受けているのにも関わらす、「生」を強く感じさせる人だった。自分がこれから死ぬことについて、友人達に何の重たさも暗さもなく語るところにはとても驚いた。

それには、やはり家族との固い結びつきが大きな要因だと思う。彼は父として、体が弱っていく中でも最後まで精一杯できることをしていた。そして、体が極度に弱りながらも子供達の前でもう一度サーフィンをする姿を見せていた。父親がこの世を去る日が近いことを知りながらも、家族が共にいる喜びが画面を通して伝わってきた。

そして、飯島さんと彼の家族には何よりも天国で再び会えるという強い信仰があった。

神様は本来家族を喜びのある場所として創造されたのということを今回強く感じた。人間が誘惑に陥り、自ら家族を破壊し、悲惨な場所へと変えてしまったのだ。

しかし、神様は回復の道を備えてくださった。そのためにご自身の最愛の御子を与えてくださったのだ。

僕らにも喜びの場所が回復されたということを、再認識する週末だった。

今週のしめくくりは、一緒にハーゲンダッツのアイスクリームを食べながら、家族について語り合うことだった。その後、僕はパソコンに向かい、この記事を書いた。

2007年9月23日日曜日

小さなスーパーで見た笑顔

今週は遅くまで働く日々が続き、土曜日も出勤した。

今日の夕方、二人で近くの上州屋というスーパーへ買い物に行った。

何でもないことなのだが、もずくが安く売っていて、以前JOYが買ってきたのもを食べてみて何となく健康にもよさそうなので、一瞬心が動いたのだが、そのコーナーは通りすぎた。そしたら、JOYが「もずく買わないの」と言うので、牛乳をコーナーからもずくを売っているコーナーに戻って、もずくを取り、JOYが持っている籠のなかに入れた。

そのとき、一瞬JOYがにこっと笑った。

なぜかこのとき小さいスーパーで見せた妻の笑顔に何かささやかな幸福感を感じた。

いろいろと苦労もある人生の中で、ちょっとした笑顔が大きな慰めとなってくれるときがある。自分のために特別にとってある笑顔というものあるのかもしれない。これは、考えたら神様からの大きなプレゼントでもある。

JOYは、今日きりたんぽという料理をつくってくれるらしい。どんな料理か食べるのが楽しみだ。

「日の下であなたに与えられたむなしい一生の間に、あなたの愛する妻と生活を楽しむがよい。それが、生きている間に、日の下であなたがする労苦によるあなたの受ける分である。」(伝道者の書9章9節)

2007年9月17日月曜日

久々の大喧嘩

一昨日、久々に大喧嘩をした。

2週間前、9月に入ってから僕は1週間の夏休みをとり、その間もずっと一緒に過ごしていたのだが、なぜか一度もけんかをしなかった。ディスニーランドに行ったり、とても幸せなときを過ごしていた。先週は知り合いの婚約中のカップルに、うちは最近「無けんか」だよと自慢していたくらいだ。

しかし、表面上は問題がなくても、水面下では次第にマグマがたまっていたのかもしれない。

一昨日、JOYがつくってくれた美味しいパンケーキを食べているとき、僕のちょっとしたことばがきっかけで、大喧嘩に発展してしまった。

JOYは結局大事な用事があり、夜もお客さんが来たので、その日は解決できず、そして昨日はかなり深刻な事態となってしまった。

お互いの怒りをかかえてしまい、ネガティブなことばをお互いに浴びせてしまった。コミュニケーションができなくなった時間帯もあった。

でも、その後話し合いを続け、展望があまり明るくなかったのだけれど、JOYが一緒にビデオを見ようといってくれた。畳の部屋で根っころがりながら、一緒に見たそのビデオは、アメリカのカルフォルニアにあるカルバリチャペルで行われた、陶芸を実演するだんなさんと賛美をする奥さんによる聖書の話、自分達の証、歌などといった内容だった。

だんなさんが粘土をこねり、ろくろを回して、大きなつぼをつくりながら、神様が如何に陶器師であり、私達を練ってくださっているかという話をするのだが、とても説得力があった。奥さんの歌もとてもよかった。そして、二人の結婚の中での修羅場を証してくれてのがよかった。

ビデオが終わってから、テレビ番組で工藤静香が歌っているのを二人で見て、たわいのない会話をした。テレビを切ってから、さあ寝ようというところで、自然に和解ができた。

このビデオはJOYがどこからか借りてきたらしいけれど、このタイミングでうちにあったのことに、神様の御計らいを感じた。

けんかをしている中でも、やはり僕らは夫婦なんだなあと感じる瞬間が何度かあった。それはことばでは説明しづらいのだが、まあ、ネガティブなことばが矢のようにJOYの口から出てくるときも、なぜかその顔がかわいいと思った。

むしろ、JOYが水面下で溜めていた眠っているマグマを噴火させて、顔がとてもすっきりしたような気がした。まあ、僕も言いたいこと言ったから、すっきりしたのだけれど。

今日は、JOYは千葉で開催されるゴスペルコンサートにコーラスで参加するために出掛けていった。

昨日のお化粧をしていない怒った顔もかわいかったけれど、朝、お化粧をした顔がとても美しかった。

JOYが出て行くとき、アパートの窓から手を振って見送った。

2007年8月30日木曜日

また天ぷら

今日はくたくたになって帰ってきた。

家に入り、食卓を見ると、そこには天ぷらがたくさんお皿にのっていた。

JOYの友達のSちゃんが、金沢からわざわざ加賀野菜を送ってくれたのだ。

とてもおいしかった。萎えてしまった心もだいぶ元気付いた。

僕は与えられてばかりだ...

ちなみに、加賀野菜がどんなものか興味ある人は、リンクのjoy in the houseの中で見れます。

2007年8月27日月曜日

アメリカンジャンクフード、そして天ぷら

先週は仕事がとても忙しく、土曜日には熱を出して寝込んでしまった...それでも、夕方には何とか元気を出して、JOYと一緒に近くの米軍の施設で主催された盆踊りに行ってきた。

アメリカ人が主催する盆踊り。和太鼓の音が聞こえてくる中、アメリカン・ジャンクフードをほおばる。何とも不思議な空間だった。

今日は何とか風邪も治ったので、無事出勤することができた。仕事から帰ってきたら、JOYが天ぷらをつくって待っていてくれた。

残暑の中、妻と一緒に食べる天ぷら。

これがとてもおいしかった。

2007年8月19日日曜日

Running with Joy

毎朝、会社に出勤する前にJOYと一緒に聖書を読み、一緒にお祈りしているが、最近次の一節が心に残った。

「けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。(使徒の働き20章24節)

英語の聖書では、「自分の走るべき行程を走り尽くし」という箇所が「so that I may finish my race with joy」、つまり直訳すると、「私が喜びをもってこのレースを終えられるように」となっている。

これは、使徒パウロが、エペソを離れてエルサレムへと行くときにエペソの教会の長老達に語ったことばである。パウロは、行く先になわめと苦しみが待ち受けていることを知っていたが、自分に与えられた喜びをもってレースを走り抜け、使命を果たしたいという思いをこのように語った。

この一節をJOYと一緒に読んだとき、僕は、心の中で果たして、自分は喜びをもって人生の行程を走りぬけれられるだろうか、という思いが沸き起こった。心の中にあらゆる苦々しさや後悔の念を抱きながら、かろうじて倒れるかのようにして何とかレースを走り終えるのではないか。でも、この一節を思い巡らす中で、やはり自分もパウロのように、finish my race with joyしたいと思った。

実際のところ、僕はこの人生をJOYという一人の女性と一緒に走っている。ときには、どちらか一方が疲れてしまって、倒れそうなときがある。しかし、そういうとき、どちらか元気のある方が相手を励ましていけば、何とか倒れそうな片方また立ち上がってまた一緒に走りだすことができる。

イエス・キリストは、自分の十字架を負って私についてきなさい、とおっしゃった。人生はすべてなんでもOKでHAPPYだよとは、決しておっしゃらなかった。

いや、むしろ自分の十字架を負ってまっすぐに走っているときにこそ、心の底に喜びが湧き上がり、周りに気を取られることなく、ゴールまで一直線に走れるのだろう。

神様の恩寵により、JOYと一緒に是非最後までjoyをもって自分達に与えられたこのレースを走り抜けたいと思う。

ちなみに、今JOYは、24時間テレビというテレビ番組を見ていて、間もなく70kmを完走しようとしている、欽ちゃんを応援している...

2007年8月15日水曜日

joy in the house

僕がこのブログを始めてから、しばらくしてJOYもブログを始めた。でも、今ではJOYの方が毎日ブログをちゃんと更新している。しかも、内容が面白くて、写真まで付いている。

リンクが左に貼ってあるので、よかったら読んでください。

2007年8月13日月曜日

日曜日

昨日はお昼にA夫妻が遊びに来てくれた。うちでそうめんを用意し、A夫妻がてんぷらをもってきてくれた。A夫妻は僕らの結婚を支えてくれた夫婦だ。A婦人は僕とJOYの仲をとりもってくれたし、A旦那は僕らの結婚式で司会をしてくれた。

とても楽しいときを一緒にすごした。それから一緒に教会の集まりに行った。

教会の集まりに行ったら、P夫妻が来ていた。P夫婦も昔からの友人だ。僕の良いところも。悪いところもすべて知っている大切な友人である。上の娘ふたりがキャンプに行ったというので、一番下の赤ちゃんだけをつれて、今日は集まりにはるばる来てくれた。

集まりが終わってから、横浜のルミネの7Fにある韓国料理屋で一緒に食事をした。教会について、夫婦生活について、久しぶりにいろいろと話し合えた。

思えば、僕はもうP夫婦を学生の頃から知っているので、14年近い付き合いになる。仕事がないだとか、女性にふられだとか、僕は何かとそういうことが多かったが、P夫婦はいつもそんな僕を励ましてくれて。おいしいものを食べさせてくれていた。

そして、僕もとうとう結婚をして、こうして夫婦同士で交わりがもてるようになった。本当に神様の哀れみだ。

昨日は結局、P夫妻におごってもらった。

愛を多く受けた日曜日だった。

2007年8月8日水曜日

おめでとう!

今日は、通勤電車の中で大学時代の友人、Yのことを考えていた。あいつどうしているのかな、と。

さっきメールを見たら、Yから長女が生まれたとの報告のメールが入っていた。

Y、おめでとう!

JOYは今日、あるジャーナリストの講演会に参加しているので、僕よりも帰りが遅い。先に帰って、布団を敷いておいてあげようと思っていたけれど、家についたら布団はすでに敷いてあった。さすが、JOYは準備がいいね。


明日のお弁当のおかずらしき、うなぎも冷蔵庫に入っていた....

2007年8月6日月曜日

今ひとりで,,,

JOYは今日、東京で絵の個展のお手伝いをしていた。

今、友達でもあるアーティストの車に乗せてもらい、家まで送ってもらっている。きっと、女同士で車の中で楽しいおしゃべりをしているのだろう。

僕は今日、8時半まで残業をし、先に家に帰ってきた。

そして、今ひとりでパソコンに向かい、この記事を書いている...

2007年8月5日日曜日

先月の記事

実は、このブログ、先月始まっていたのだ。ただ、このGOOGLEのブログサイトの方が使い勝手がよく、広告も入らないので(別にこのブログサイトを宣伝しているわけではないが)装いを新たにして始めることにした。

以下に先月の記事を貼り付けた。よかったら読んでください。


けんか[2007年07月10日(火)]

昨日の夜、僕とJOYはけんかをしてしまった。

とてもささいなことがきっかけだったが、そこから大きなけんかへと発展した。僕はJOYに枕で叩かれてしまった。

今日会社から帰ってきたら、なぜかかつおの刺身がテーブルの上にのっていた。そして、おじさんから送られたというじゃがいもをJOYはおいしそうにほうばっていた。

いつものように会話ははずまなかったけれど、気まずい沈黙でもなく、たわいもない話をした。昨日のけんかの核心部分にはお互いあまり触れようとしなかった。下手に触れると、けんかが再燃してしまうのお互いに無意識のうちに避けていたのかもしれない。今日やりとりのあった調子のいいお客さんのことを話したら、JOYが少し笑った。

愛を育てること[2007年07月19日(木)]

去年の7月17日に僕はJOYにプロポーズをした。JOYが一周年を記念しtネクタイを買ってくれた。青色に楽器の絵の刺繍が織り込まれた素敵なネクタイだ。ネクタイと一緒にはがきももらった。そのはがきの表のイラストの上に次のような一文があった。

恋は生まれるもの...だったら、愛は育てるもの...かな。

先週から今週の月曜日にかけてJOYとたくさん時間を過ごすことができた。先週の木、金と有給をとり、長野へと旅行した。帰りは鈍行で帰ったのだけれど、ただ、長い時間JOYと一緒に電車に乗って外の景色をボーっと眺めているだけで楽しかった。八王子の駅構内にあるそば屋の山菜そばが意外とおいしかった。月曜日も休日だったので、一緒に葉山に行った。

途中けんかもしたけれど、ただ、多くの時間を一緒に過ごすことによって、さらに愛が深まった気がした。結婚して6ヶ月。プロポーズしてから一年。けんかもたくさんしたけれど、その分、二人の間で愛が育ったのだ。

ダンス[2007年07月30日(月)]
土曜日はJOYと期日前投票で役所にいった。投票を済ませてから、伊勢崎町に行き、ブックオフに行った。


U2のRattle and Humが500円で売っていたので、買ってしまった。JOYは、今中央アジアにいる親友のために、コメディのDVDを買った。

家に帰ったら、早速、Rattle and Humの中にあるAngle of Harlemを聴いた。聴いていたら、突然踊りたくなり、台所にいたJOYをつかまえて、一緒に踊った。

とても楽しかった。リズムに乗るJOYがかわいかった。

結婚

2007年の1月、僕はJOYと結婚した。

このブログでは、JOYとの結婚生活の中で経験したこと、考えたことなどを綴っていこうと思う。

僕が最近特に思うことは、神様は何と男と女をうまく造ったことだろうか、ということである。

JOYという一人の女性と一緒に暮らすようになって、何と言うか、いろいろとお互い調整しなければならないことはたくさんあったけれど、でも、不思議な「調和」がやはりあるのだ。

これは、決して、自分達の努力や力だけでつくり出せるものではない、と僕はこの7ヶ月近くの結婚生活での経験から思う。

「とはいえ、主にあっては、女は男を離れてあるものではなく、男も女を離れてあるものではありません。女が男をもとにして造られたように、同様に男も女によって生まれるのだからです。しかし、すべては神から発しています。(コリント人への手紙 第一 11章10-11節より)」

もちろん、いろいろ努力は必要であるけれど、結婚へと導かれた男女は不思議と「調和」するようにできているのだ。