2009年4月4日土曜日

特に何もなかったけれどいい日だった


 
 今日は、特に何もなかったが、いい日だった。

 でも今週は妻がちょっと疲れがたまってせいか、いろいろと考え込んでしまって、少し調子が悪かった。

 一日家でのんびりしていたのだが、夕方になって心機一転して、根岸森林公園に夜桜を見にいった。雨も降っているせいか、人はほとんどいなかったけれど、雨の中の夜桜もなかなかよかった。

 その後、いつも行く小さなスーパー上州屋に買出しに行った。明日は妻が昔から付き合っている宣教師の家族が遊びに来るので、いろいろと食材を買い込んだ。

 夕飯が僕がジンジャオロースをつくって、妻がスープをつくった。これもなかなかおいしかった。

 それから、妻は意を決して「いふり湯」に行くことに。僕は、とりあえず途中まで送ることにした。

 やっぱり銭湯のお風呂はとてもよかったらしい。お風呂で、神様が「私はあなたといつも一緒にいたよ」、と語ってくださったそうだ。 10円のマッサージチェアも2回やったそうだ。

 今日は特に何でもない日だったけれど、とてもいい日だった。

 写真はちょっとピンボケしているが、根岸森林公園の夜桜。

2009年3月28日土曜日

行き詰まり



妻は、日常の中で起こったいろいろな楽しい出来事をブログに軽妙な文章で書き綴るのだが、僕はどうもそれができない。
 
いろいろと楽しいことはあるし、妻との生活の中で学ぶこと、感じることは沢山あるのだが、それがなかなかまとまった文章として結晶していかない。
 
いや、むしろ僕は何かに行き詰っているとき、思い悩んでいるときに、何か文章を書きたくなる。
 
今日は、妻がある友人の朗読会に行ったので、僕は家でひとりパソコンに向かいながら、いろいろと思い悩んでいた。またいろいろと行き詰っている。
 
しかし、思い起こせば、これまでの37年間の人生の中で行き詰まったことは何度もあった。 
 
妻と最初にデートをしたとき、僕は失業中だった。その上、教会もあまり行っていなかった。社会の中でも、いわゆる「キリスト教世界」の中でも居場所がないように感じてしまい、とても深い挫折感を抱いていた。 
 
その最初のデートでは一緒に映画を観に行ったのだが、帰りに喫茶店に入って一緒に飲み物を飲んでいたとき、僕は彼女に言った。僕は社会でも、キリスト教の世界でも両方で失敗した人間なんだよ、と。 
   
そのとき妻は言ってくれた。Williamくんは、そんなことで終わる人ではないよ、と。
 
このことばがそのときとても嬉しかった。こういうことを言ってくれた女性は初めてだったので、僕は彼女と結婚したのかもしれない。 
 
今こうして曲がりなりにも普通に仕事をし、日曜日には妻と一緒に教会の礼拝に出席している。実はとても幸せな生活をしているのだろう。 
 
今の行き詰まりに対しても、イエス様はきっとささやくような小さな声でやさしく言ってくださっているのだろう。 
 
お前はいつまでもそこに留まることはないよ、 
 
しばらくの間だけ、苦しむかもしれないが、 
 
やがて死ぬべきものが死んだとき、 
 
また新しく私と一緒に生きるようになるよ、と。

2009年1月31日土曜日

아내를 사랑하는 일



昨年年末、ボーナスが出たので、電子ピアノを買ってしまった。今日は土曜日で休日。ポロポロと練習してみた。「ジャズから始めるピアノ生活」という、初心者向けのCD付き教則本をAmazonで見つけたので買ってみたら、本当にわかりやすくていい本だった。最初の練習曲ははAmazing Graceだった。
 
今日は残念ながら、うちのお嫁さんは家にいないので、この夫の奮闘を見守ることはできない。今週から結婚に関するセミナーの通訳を務めていて、毎日東京の三鷹まで通っている。だが、今週は毎日一緒に家を出て横浜まで一緒に電車に乗ることができたので、朝っぱらからデート気分で楽しかった。
 
ところで、今日1月31日は愛妻の日のようだ。まあ、僕は1年間365日愛妻の日なので、関係はないが...(笑)この日は、日比谷公園で、旦那達が奥さんに向かって何か一言叫ぶというイベントがあるそうだ。しかし、奥さんに向かって「ごめん」と叫ぶ夫がけっこう多いとのこと。うん、それも何だかうなづける...
 
と、書いているうちに、妻から「待ち合わせ場所どこにする」とのメールが入ってきた。今日は横浜で待ち合わせして、伊勢崎町にある回転寿司屋でおごってもらうという話になっている。何だかこの不景気の世の中でうちのお嫁さんはなぜかはぶりがよく、物入りがあったそうだ。
 
ところで、今朝読んだ聖書のことば。

あなたがたのうちで、知恵があり物分りのよい人は、だれであるか。
 
その人は、知恵にかなう柔和な行いをしていることを、よい生活によって示すがよい。
 
しかし、もしあなたがたの心の中に、苦々しいねたみや党派心をいだいているのなら、誇り高ぶってはならない。
  
また、真理にそむいて偽ってはならない。
 

そのような知恵は、上から下ってきたものではなくて、地につくもの、肉に属するもの、悪魔的なものである。
 
ねたみと党派心とのあるところには、混乱とあらゆる忌むべき行為がある。
 
しかし上からの知恵は第一に清く、次に平和、寛容、温順であり、あわれみと良い実とに満ち、かたより見ず、偽りがない。義の実は、平和を造り出す人たちによって、平和のうちにまかれるものである。

(ヤコブの手紙3章13-18節、口語訳)


しばらく前にうちは口語訳聖書を購入し、それを朝と寝る前に読んでいるのだが、この口語訳が実にストレートに心に響く。
一週間の社会生活の中で、自分の中にいつ知れず、いろいろな苦い思いが芽生えてしまう。それは最初は自分でも気づかないほど小さくても、やがて成長して、心の中で根を張ってしまう。そうした思いを聖書は、「地に属し、肉に属し、悪魔的である」と言っているのだ。何と妥協なきストレートなことばだろうか。

しかし、平和、寛容、温順さは、上からの知恵だと聖書は語っている。上からの知恵ということは、天地万物を創造された神様が与える知恵のことだ。家庭においても、職場においても、平和をつくり出すには、やはり神様からの知恵がなくてはならない。
 
家庭は妻のおかげで結構平和なのだが、職場はね...いろいろと葛藤があるもので。今日は、自分の中にある苦い根を再び悔い改め、平和をつくり出せる者になれるよう、祈らされる日でもあった。
 
さて、今から家を出て、妻と伊勢崎町で待ち合わせ!「愛妻の日」なのだが、今日は僕が愛を受ける側に...まあ、それもいいか!

2008年12月16日火曜日

十字架を担う喜び




あなたが多くの苦しみを抱えていることに私も心が痛みます。しかし、一瞬にして過ぎ去るこの人生において、私達はキリストと共に十字架を担わなければならないことをあなたは理解していることでしょう。

もうじき、私達は永遠の中に入り、苦しみも終わります。もうじき神様がご自身の御手をもって私達の涙を拭い去り、痛みもため息も永遠になくなり、キリストと共に統治をするときが来ます。

しかし、キリストと共に経験するこのつかの間の試練のとき、十字架の栄光を見失わないようにしましょう。

もし苦しみを通らなければならないのならば、静かに、謙虚に苦しみを通りましょう。私達の自我がいつも問題を実際より大きく見せるのです。しかし、自我から出る不平不満に耳を傾けてはなりません。自我によって重みを増し加えられずに、単純に十字架を担ぐことは、それほど悪いことではありません。もしイエス様を愛するが故に苦しむとすれば、十字架があるにも関わらず喜びがあるだけでなく、十字架そのものを喜びます。

愛は、最愛の方のために苦しむことを喜びとします。私達を主の似姿へと変えるこの十字架は、安息をもたらす愛の絆なのです。

From "The Cross a Source of Our Pleasure" in "Let Go", written by Fenelon

2008年11月23日日曜日

夫婦で過ごす時間


 
 この時期、マニュアル業界は大変忙しく、連日帰宅が遅くなった。先週からようやく少し落ち着いてきたが、2週間連続午前1時前後帰宅というときもあり、さすがに妻も少し調子を崩してしまった。

 幸い、この3連休は一緒にたくさん時間を過ごせそうだ。夫婦がたっぷりと一緒に時間を過ごし、よく話をすることがいかに大切か、それを今かみ締めている。夫婦は、ひとつとされたわけであるから、夫の状況は妻に大きな影響を与えてしまう。ある意味、夫の殺人的な忙しさに妻が何も影響を受けずに平気でいられるとしたら、それも夫婦の関係に何か溝ができてしまったということかもしれない。

 今は、とにかく早起きをして、早く会社に行き、パッパッと仕事を片付けて、早く家に帰ってきて、なるべく夫婦で一緒に時間を過ごす時間をもてるようにすることが大きな課題だ。 

 明日は妻によく野菜を送ってくれる叔父さんと叔母さんに会いに、西武池袋線のレッドアロー号に乗って会いにいく。僕は運転免許をもっていないので、結婚前からいつもデートは一緒に電車に乗っていたが、これが実はなかなか楽しい。

 明日は車窓からどんな風景が見えるだろうか。そして、妻の笑顔もたくさん見られるといいな。

2008年10月15日水曜日

久々のバラ



 今日は会社の帰り、久しぶりにバラの花を買ってきた。

 2年半ほど前、妻に10本の真っ赤なバラを買ったときにいた店員さんが今日はレジにいた。

 「いやあ、あのとき10本の赤いばらを買ってあげた女性とは、その後無事結婚しましてね、まあ、子供はまだなんですけれど、楽しくやっていますよ。これもおたくのばらのおかげですよ。」
 
 なんてことは言えなかったけれど、何となくうれしかった。
 
 花とは不思議なものだ。人生の節々で花は登場する。

 妻も久々のバラを喜んでくれた。

2008年10月7日火曜日

ケンカのあとは

最近ちょっとはまっている動画がある。



日本全国の夫婦にも、けんかをした後は、ぜひこの動画を一緒に見て、一緒に歌うことをお勧めします!

2008年9月28日日曜日

安息日



今日は日曜日。朝9時ごろ妻は起こしてくれたのだが、起き上がれなかった。
 
妻は、起こしてくれるとき、正座して「朝ですよ」と言って起こしてくれた。これは、実はこの前観た映画「めがね」にあるワンシーンの真似だった。この起こし方はおもしろかったのだけれど、それでもどうしても起き上がれず、結局妻に一人で礼拝に出席してもらうことにした。
 
先週は連日遅かったので、疲れがたまってしまったみたいだった。ただ、自分は礼拝にいけなくても、妻が行ってくれるだけ何だか安心する。
 
教会の帰りに、妻が韓国料理屋でカルビ丼を買ってくれた。カルビ丼と味噌汁をお盆にのせて、寝室まで持ってきてくれたので、布団の上で昼食を食べることができた。やはり、体が弱っているときは、このようにケアをされると、とてもうれしいものだ。
 
夜は、大船に住む友人宅をお伺いする予定だったけれど、この体調では難しいと思い、結局キャンセルをした。
 
夕御飯には、妻が鳥のから揚げをつくってくれた。これもまたとてもおいしかった。食事が終わってから、僕はギターをぽろぽろと爪弾いていたのだが、自然に歌い始めることになった。MICHTAMの「十字架の側に立って」を歌った後、何曲か歌って、それから、妻にギターを渡したら、今度は彼女がイルカの曲を歌い始めた。妻は、高校時代フォークソング部に入っていて、実はギターの引き語りができるのだ。実に楽しいホームコンサートになった。
 
今日は体調は悪かったけれど、なぜかとても良い安息日でもあった。本当に神様と妻に感謝したい。明日から何とかまた頑張れそうだ。

2008年8月17日日曜日

うちは明日から...


私達夫婦は、明日から2泊3日で西伊豆の雲身にある民宿に泊まり、休暇を楽しむ。
 
今回は海水浴の他に、釣りもする予定だ。
 
実は、結婚して依頼、僕の趣味である登山は何度かしているのだが、JOYの趣味である釣りは一度もしていなかった。
 
先日は、釣具を買いに横浜にある上州屋に行ってきた。結構、いろいろな便利な道具はあるもので、仕掛けも、リールから出ている釣糸につなげるだけで、そのまま準備ができてしまうものもある。仕掛けのパッケージを見ているだと、何だか魚がたくさん釣れそうな気になってしまい、僕もだんだんやりたくなってしまった。
 
今回はJOYの竿一本しか持っていかないのだが、果たして、JOYが釣りをやっている間、僕は横で観ているだけで、「ああ、あと少しだったね」とか、「やっぱり手つきがいいね」とか、妻を励ますことばをかけるたりするだけで満足できるだろうか。
 
いや、妻の竿を取り上げてしまい、自分が夢中になってしまわないだろうか...
 
今回は夫としての愛が試されるときであるかもしれない。
  
しかし、もしかしたら、民宿でも一本竿を貸してくれるかもしれない...

2008年8月12日火曜日

久しぶりに買ったバラ


今日は、久しぶりにバラを買ってきた。
 
JOYが喜んでくれた。

2008年8月11日月曜日

やっぱりいないと寂しい...


今日は、JOYは東京の八丁堀にある画廊で、ある個展のお手伝いをしている。夜パーティーがあるらしく、遅くなるようだ。僕は珍しく今日は早く仕事を終えて、床屋にも行って帰ってきた。
 
家に帰ってくると、ガラーンとしていて、何だか寂しい。
 
独身のときは、アパートで自分ひとりでいるのは当たり前だったけれど、結婚してからは、妻が家にいないときは、妙に寂しさを感じる。これは一体何なのだろうか。
 
以前、JOYが旅行に出掛けたときなども、一人でアパートにいるのがとても寂しく感じられた。
 
それで、ついつい最近めったに更新していなかったこのブログに、ただ寂しいという気持ちを書き込んでしまっている...
 
(今回の掲載の写真は、通勤途中にある駐車場のフェンスに咲いていたあさがお。淡いピンクが何ともいいね。)

2008年8月10日日曜日

公園での静かな時間




昨日は、寝る前に扇風機のタイマーを入れるか入れまいかということで、少しもめた。

僕はどうしても節約派なので、電気代を節約したいと思い、必ず扇風機やクーラーを付けて寝るときは、タイマーをセットする。しかし、JOYは、暑くて起きてしまうし、どうせまたスイッチを入れるのだから、タイマーはセットしないで、つけっぱなしにしてほしいといった。結局しばらく意見が合わないまま、二人とも眠いので、そのまま寝てしまった。タイマーは結局僕がセットしたと思う。 

今朝は、JOYは8時に起きて、僕は9時ごろ起きたのだが、どうも僕は調子が悪くてまた寝てしまった。疲れがたまっていたみたいで、結局午後1時ごろまで寝込んでしまった。JOYに熱をはかってもらったけれど、熱はなかった。起きてから、そういえば、昨日寝る前に何かもめたような気がして、少し心にしこりが残っていたけれど、何でもめたのかすぐに思い出せなかった。それで、JOYに昨日何かけんかしなかったけ、と聞いてみたら、そういえばタイマーのことでもめたことを二人で思い出した。でも、これはそれ以上話題にならず、一日は過ぎていった。

午後は二人で家庭礼拝を持った後、僕は結局また寝てしまった。

午後6時近くにまた起きて、JOYと一緒に散歩と買い物に出かけることにした。販売機でゼロコーラを買い、そして我が家の近くにある根岸森林公園にむかった。

この根岸森林公園がまたとても広々としていて、天気の良い日は、丹沢連峰や富士山も見える。また、みなとみらいも見渡せて、とても良い場所だ。天気は曇っていたけれど、二人でベンチでずっとボーッとしながら、いろいろと、とりとめない話をした 

思えば、僕らは結婚する前はデートするとき、よく公園のベンチに座って、いろいろと話をしたものだったけれど、最近こういう時間がなかった。

二人で空を見上げて、ボーッとしながら、話をしているとき、何だかもう一度心が一つになっていくのを感じた。そして、二人で空を見上げながら、神様にお祈りすることもできた。空は曇り空だったけれど、夫婦の間でどこか曇りが差していた天気が晴天になっていくのを感じた。

その後、スーパーに行ったら、刺身が半額になっていたので、びんちょうまぐろのぶつ切りとあじの刺身をゲット。僕の節約心も大いに満足し、夕飯はお金こそはかけていないけれど、なかなかおいしくて豪華だった。そして、楽しい時間だった。

日常の忙しさの中で、また生活のリズムの違いで、夫婦であっても、どうしてもいろんなすれちがいが生じてしまう。まあ、タイマーをつけるつけないということで意見が合わないということは、実にくだらない小さなことかもしれないけれど、でも、夫婦の間で少しすれ違いが生じていていることの小さな兆候であったかもしれない。ほとんど気がつかないような、ほんの小さなすれちがいであっても、どこかで調整して心を再びひとつにする時間をもつことは本当に大事だ。今日はそんな時間がもてたような気がした。

タイマーのことは、何も二人の間で話題には登っていないけれど、きっと今晩は平和に解決することだろう。

そして、明日はまた元気に仕事に行けそうだ。
 

2008年7月17日木曜日

最近撮った写真


 
これは、今朝通勤途中に撮ったあさがおです。
 
あさがおかな、と思いつつ、花の知識があまりない僕は、もしかしたらあさがおではないのかもしれないと思いましたが、妻が「わあ、きれいなあさがお」と言っていたので、やはりあさがおなのでしょう。
 
普段何気なく通り過ぎてしまう場所なのですが、今朝はいろいろと思いを巡らしながら歩いていたとき、パッと目に入ったので、思わずカメラをかばんから取り出して撮ってみました。
 
もう一枚。
 
職場の近くに渋谷カトリック教会があるのですが、たまに昼時お御堂でしばらく静まるときがあります。そのお御堂で撮った、正面の十字架。
 
 
やはり十字架には圧倒的な力があります。