2007年12月2日日曜日

夕飯は「まきな丼」と大根の味噌汁


今日(といっても今午前1時近くなので、本当は昨日)の夕飯は「まきな丼」と大根の味噌汁。
 
近所の公園と住宅地をぶらぶら散歩してから帰りに寄ったスーパーでまぐろのさしみが半額になっていたので買ってきた。家に帰ってきて、テレビを見ていたら、まぐろとキムチと納豆を混ぜ合わせた丼物が紹介されていたので、うちでもやってみることにした。ちょうど冷蔵庫の中にはキムチと納豆が入っていた。JOYがうまく混ぜ合わせてくれ、かくして「まきな丼」は出来上がった。
 
これがまたおいしかった!ちなみに大根の味噌汁は僕がつくった。
 
食事の後、しばらくごろごろしてからまた夫婦で銭湯「いふり湯」へ。
 
心も身体もとても休まる良い一日だった。
 
奥さん、ありがとう!
 
天のお父様、ありがとう!

2007年12月1日土曜日

まったき信頼



もしわたしたちが真に神につながっているならば、わたしたちは神に、「わたしを自由にお使いください」と差し出し、神を信頼せねばなりません。明日のことに心を奪われてはなりません。その必要がないからです。神がそこにおられるのです。

わたしたちの修道会では、食べ物がないからとかベットが足りないからと言って、だれかを拒絶したことは一日たりともありません。それでも数千人の人びとと向き合っています。わたしたちのところには五万三千人のハンセン病患者がいますが、だれ一人として追い出された人はいません。わたしたちは月給も収入もありません。何もないのです。自由にいただき、自由に差し出すのです。これは実にすばらしい神の贈り物です。

神の摂理への信頼は、神がわたしたちを必ず助けてくださるという、強い生き生きとした信仰です。神がわたしたちを助けることがおできになるというのは確かです。神は全能だからです。そして、実際に助けてくださるということも確かです。聖書のたくさんのことばの中で、神はそう約束なさっているからです。神は限りなく約束に忠実なお方です。

キリストは、この信頼をもつようにと、わたしたちを励ましておられます。「なんでも祈り求めることは、すでにかなえられたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる」。使途聖パウロも、すべてを与えてくださる主に私達の心配をゆだねるようにと命じています。神はその御子をあらゆる希望とともにお造りにくださったのですから。わたしたちを心にかけてくださらないはずがありません。聖アウグスチヌスはこう言います。「神は、あなたのために悪を引き受けてくださいます。そのような神があなたのために良きものを与えてくださることを疑えるはずがないのです。」

このようにして、鳥や花でさえも守られるか神の愛の摂理に、わたしたちは信頼するようにと招かれているのです。そうです、鳴き叫ぶからすの子を養ってくださる神、蒔くことも刈ることもせず、倉に取り入れることもしない鳥を養ってくださる神、野の花をあのように美しく装ってくださる神、そのような神が、自らに似せて造られ、自らの子どもにしてくださった人間を、もっと心にかけてくださらないはずがありません。わたしたちは、その愛の中にあって、神の似た者、神の子どもとして生活し、その戒めを守り、そして神を信頼するようにと招かれているのです。

わたしは、労働を事務的なものにしたくありません。いつまでもそれは愛の労働でありたいのです。神がわたしたちを苦悩に陥れることはけっしてないという、まったき信頼のうちに生きるのです。キリストのことばを信じなさい。何よりもまず、神の国を求めるのです。そうすれば、その他のものはすべて添えて与えられるのです。

主よ あなたの十字架とご復活のうちに見いださせてください
 
耐え忍んでゆく道を
 
日常の苦悩と葛藤の中にあって、日々死んでいく道を
 
その死によって
 
より豊かに創造的に生きることができるように

主よ、あなたは忍耐強く そして謙虚に受け入れられました

十字架とそのご受難のすべての苦しみを
 
そして それと同時に 人生の拒絶を

どうか わたしたちを助け

日々の痛みと葛藤を受け入れさせてください
 
成長のための機会として
 
あなたに似た者になるための機会として

あなたがわたしたちを必ず支えてくださるという信頼のうちに

忍耐と勇気をもって それらを受け取ることができますように

マザーテレサのことば
サンパウロ刊行「祈りー信頼の源へ」より

至福のホットケーキ




これはホットケーキというのだろうか。それともパンケーキというのだろうか。Wikipediaで見たら、どちらも間違いではないとのこと。アメリカでは他にgriddlecakesかflapjacksと呼ぶそうだ。

それはともかく、今日はレイト・ブレクファーストで、JOYがまたホットケーキをつくってくれた。一週間納期に追われながら過ごしてきたサラリーマンにとって、この休日に妻と一緒に食べるレイト・ブレクファーストが至福のとき。

ホットケーキと熱いコーヒーとソーセージ。ステレオから流れるクリスマス音楽。今日はJOYがエイミー・グラントのクリスマスCDをかけた。

そして妻の笑顔。

一週間の労苦が報われ、ホットする瞬間。

2007年11月30日金曜日

ばらの家族


2週間ほど前にJOYに買ったバラがまだ元気に咲いている。でも一輪はドライフラワーみたいになった。まるでばらの家族みたいだ。

2007年11月28日水曜日

自分の内に住まわれる主に信頼する


自分をも人をも信頼できなくなったとき、一体どうすれば良いのでしょうか

自分の内に住まわれる主に信頼してください

あなたの魂が絶望の淵に落ち込むとき

自分を責めないでください

なぜなら、主もそこを通られたからです

あなたの内に住まわれる

主と共ににカルバリに赴き

あなたの内に住まわれる

主とともに十字架にかかり

主とともに死んでください

そうすれば

静けさの後

復活の主があなたの内で

甦られるのです

by an unknown poet

2007年11月24日土曜日

着実な歩み

自分の欠点に失望しないようにしてください。隣人に対して忍耐するように、自分にも忍耐をしてください。考えすぎると、疲れてしまい、多くの間違いを犯すようになります。日常生活のすべての状況の中で祈ることを学んでください。祈りの内にあるかのように、語り、行動し、歩んでください。私達の歩みはこうあるべきなのです。

過剰に感情を高ぶらせることなく、すべてのことを行ってください。自分が一生懸命になりすぎていると感じたら、すぐに神様の御前で静まってください。神様があなたの内側に何かを促されるとき、耳を傾け、神様が導かれるままに行動してください。このようにするならば、あなたの口数は少なくなりますが、あなたのことばはより効果的になります。あなたは落ち着きを保ち、より多くの善きことを成し遂げられます。

私は、理屈で物事を考えることを言っているのではありません。ただ単純に、主が自分に何を望んでおられるか、主に尋ねてみてください。このように単純に、簡潔に主に問いかけることは、頭の中で延々と誤論することに勝ります。

神様に心を向ければ、自分の生来の強い感情からより簡単に離れられるようになります。自分の中に住まわれる主に信頼してください。あなたの生活はやがて祈りとなります。苦しみもあるかもしれませんが、その中で平安を保つことができます。

From “STEADINESS” in “The Seeking Heart" published by SeedSowers, written by Fenelon

2007年11月23日金曜日

晩秋の山行



昨日は前に勤めていた会社のTさんの誘いで、僕ら夫婦は奥多摩の御嶽山に行ってきた。

久々の山登りは、といってもケーブルカーで山頂近くまで行き、階段を300段ほど登って山頂に出るのだけれど、とても気持ちよかった。御嶽山は標高900m台で、決して高い山ではないが、起伏があり、周りの景色も変化に富んでいて、なかなかの名山だった。

やはり、都会をひととき離れて、自然の中に身をおくことはとても必要なことだ。また今回参加したメンバーとの交流もとても楽しく、魂が癒される一日だった。

2007年11月20日火曜日

もぷぷさん

最近もぷぷさんという謎の人物がこのブログにコメントを書いてくれている。

とりあへず、コメントを書いてくれるのはとても嬉しい。

一体どういう人なのだろうか。

コメントを見る限り、とても熱い信仰に持ち主だ。

2007年11月13日火曜日

ささやかなプレゼント



今日は7時半に会社を出ることができた。

ちょうどJOYも東京に用事があったので、中目黒で待ち合わせ、一緒に帰ることができた。

横浜に着いて、東横線からJRに乗り換えようとしたところで、急に花を買いたいという思いが沸き起こってきた。そして、AOYAMA FLOWER GARDENという花屋に行き3本のバラを買ってJOYに渡した。

そのバラがこの写真のバラである。

2007年11月12日月曜日

夫婦喧嘩は水を刀で切るようなもの

久々の夫婦喧嘩勃発!

勝敗は如何に....

昨日教会の集まりで、うちが夫婦喧嘩中であることを察した韓国人のSさんが韓国のことわざを教えてくれた。

夫婦喧嘩は水を刀で切るものようなもの

Sさんが言うには、刀でスパッと水を切っても、切った痕跡は残らないとのこと。そのように、夫婦は喧嘩をしても、結局またひとつになってしまい、「切った」痕跡は残らないようだ。

このことばに励まされ、第2ラウンドに臨んだが、結果は散々だった....奥さんは強かった!

しかし、僕たちも今朝和解し、そしてJOYがまたやさしいJOYに戻ってパンケーキをつくってくれた。北海道で買ってきてくれた骨付きソーセージも一緒に食べて、とてもおいしかった!

今日はなぜか仕事もとても集中できて、早く帰ってきて、一緒にまた「いふり湯」に行くことができた。

2007年11月10日土曜日

ああ主よ

主よ

わたしの魂は

台風の日の海の波のように

激しく揺れ動きます

ああ主よ

人々の中で

私の魂は

疲れきり

渇ききっています

ああ主よ

私の中には

ゆるせない思いと

怒りと

苦々しさが

根を張り

自分ではどうにもすることができません

ああ主よ

でも

あなたを賛美するとき

私の霊は引き上げられ

あなたの御名を呼び求めるとき

私は救われます

ああ主よ

自分を見たとき

そこには何も希望はありません

でも

あなたを見上げるとき

そこには

永遠があり

復活の希望の光が

やさしく差し込んできます

そしてもう一度地上に目を向けたとき

もう一度気づくのです

何と多くの祝福が

私を取り巻いていたことでしょうか

ああ主よ

自分に対する失望は変わらないかもしれません

しかし

あなたに対する賛美と

私の中に住まわれる神の御子に対する信頼は

永遠に変わることはありません

written by an unknown poet

2007年11月5日月曜日

超不人気ブログとちょっと人気ブログ

この前ブログにカウンターをつけてみました。

そして判明したことは...

ほとんど誰もこのブログを訪れていないことだった!カウンターは今3となっているけれど、それは全部自分のアクセスだった!

まあ、あまり更新していないもんな。

JOYのブログは毎日5人くらい訪れているみたいだ。

一体どんな人が読んでいるのだろうか。

確かに、JOYのブログはおもしろいもんな。僕も愛読者の一人です。

しかし、この超不人気ブログも誰か読んでくれ!

十字架の道を一体誰がいくことができましょうか

十字架の道を一体誰がいくことができましょうか

私には到底いくことのできる道ではありません

その十字架の重さを想像しただけで私は失神しそうです

しかし私には今この十字架に道以外に

道はないのです

十字架の道を一体誰がいくことができましょうか

それは主よ

ただあなただけです

そして

私の中に住まわれるあなたが

あの重たい十字架を担ぎ上げ

ゴルゴダの丘へと

一歩づつ

歩みだします

私には残されているのは

この十字架に道しかないのです

ただ

私の中に住まわれるあなただけが

この道を行くことができるのです

そして

重たい十字架を担ぎ上げ

一歩踏み出したとき

死線の向こう側から

澄み切った空の朝焼けのように

漏れてくる復活の栄光の光が

私に力を与えるのです

written by an unkown poet